『冷たい熱帯魚』という映画をご存知だろうか?

僕は普段から映画を見ることはめったに無いが、HipHopグループ「ライムスター」の宇多丸氏(現在では映画評論でもおなじみだが)がこの作品を絶賛しており、かねがね彼のロジカルな映画評論に感心していた僕は、この作品にとても興味を惹かれ、近所の某ツタヤでレンタルしてきたのである。

この作品は、1993年に実際に起きた埼玉愛犬家連続殺人事件をベースにしている映画作品であり、『ヒミズ』や『愛のむき出し』でおなじみの園子温(そのしおん)が監督を務めている。

ざっくりとした話の流れは、静岡で小さな熱帯魚店を営んでいる社本が、娘の万引きをキッカケに同業を営んでいる村田という男と関わることになる。そしてこの村田が引き起こす一連の殺人事件に巻き込まれ凄惨な結末を迎えてしまう、といった感じ。

本作品を見た感想なのだが、とても刺激的な描写(グロともいう)とスリリングな展開で目が離せないのは確かだし、かなり楽しめたのだけど、絶賛するほど良い映画かと言われるとなんか微妙。元となった事件のWikiを見た時は言い知れぬ恐怖を感じたものだが、この作品からはそこまでの恐怖を感じることは無かった。

なぜかと言えば、元になった事件というのは、あくまでも殺人という行為は問題解決の為にすることであり、殺人行為そのものに愉悦を感じているわけではなく極めて現実的な動機であることに対し、その躊躇の無さや徹底した、それも通常の神経では思いも付かないような残忍な証拠隠滅方法 ― それを狂っていない正常な人間が実行できることに現実味があり恐怖を覚えたのだ。もちろん、本作品でもその点はある程度留意して作られているとは思うのだが、如何せん映画というエンターテイメントとして表現する以上物語に味付けをしなければならず、その点がどうしても上記を阻害しているように思える。端的に言えば狂人の犯行のように思えるのだ。例えば、劇中での死体の解体描写。ありふれた日常感を出したいが為の演出なのかも知れないが、村田夫婦は作業中実に和気藹々としている。しかし傍から見れば解体作業を楽しんでいるようにしか見えず、どこにでもいる普通の人間が残忍な行為をしているというよりは殺人嗜好の狂人のように見えてしまう。その他にも行為そのものを楽しんでいるように見える描写は少なくは無かった。

また、事件の猟奇性を直接的に画で表現しているが、これにも一因があるように思える。確かに非常に刺激のある画なのだがどこと無くチープ感があり、また劇中で村田が言っていた「こんなのは慣れなんだよ」というように、絵面としてはどの殺人でも大して変わらないため、確かに終盤には画としての刺激は薄れてしまった。あくまで僕個人はということだが。

後は物語の展開についてだが、正直村田が社本を巻き込んだ理由が全然理解できない。はっきり言ってリスク以外の何者でもないはずなんだが、何故か知り合って間もない社本をいきなり殺人に巻き込み証拠隠滅の手伝いをさせる。元の事件での社本のモデルとなった人物は元々犯人の部下であり、また群馬の人里はなれた山奥に住居を構えていたことから、事件に巻き込むメリットが理解できる。でも社本は赤の他人であり、しかも言ってしまえばご近所さんな訳で、事件に巻き込むと秘密が漏洩してしまう恐れがあるだけで、メリットがどこにも見つからない。

また、物語の序盤で村田は社本の妻を手篭めにかけるのだが、そのシーンにも納得がいかない。村田)奥さんの境遇に同情しますよ→村田)脱げ→嫁)嫌嫌→村田)暴力→嫁)もっと殴って(^q^) という流れなんだけど、イヤイヤねーだろ、と思ってしまった。このように少々不自然に思える描写も多くはないが確かにあった。

とは言いつつも、決して駄作ではなく、むしろ良作と言って良いと思う。感動もメッセージ性もエンターテイメント性も0点、その代わり刺激やスリル、エロスは満点といった作品。上でも書いたけど、かなりキツいグロ描写があるので、苦手な人は見ない方がよいですが。